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仕事人間恐怖症なんです。。

人生論??

私は家族を大切にしない仕事人間に会うと、とても怖くなります。

というのも、かつての私がそうだったからです。だから、その手の人と会う度に、昔の自分の精神状態が思い出されて不安な気持ちになります。

 

名称をつけるなら、そう、仕事人間恐怖症です(ただのトラウマという説は置いとけ)。

 

そう、私は仕事中毒者でした。かみさん曰く、今は大分マシになったものの、未だに中毒者だそうです。

 

重度の中毒時代、私の心理状態は不安定そのものでした。そりゃそうです、中毒に陥る原因は、仕事を頑張る→認められる→また、頑張るというループに嵌っていたからです。

 

だから、仕事に失敗したり、職場の人間関係がうまくいかなかったりすると、恐ろしく不安になります。末期は、常に周りを見渡し、そしてヒソヒソ話をしている人がいると、あれは自分の悪口を言ってるんじゃないかとか疑うようになりました。

 

ただ、自己嫌悪に陥ってるだけならまだ可愛い方です。末期を通り越して、転換期を迎えると、「なんで私はこんなに頑張ってるのに、周りは認めてくれないんだ!」と不満がたまり、しまいには「私は間違ってない、認めてくれない周りがおかしいんだ!」と怒り出す。

 

最終的には、自分の怒りを周囲にまき散らす、「阿修羅マン」に進化します。

 

私が見た「阿修羅マン」は、立場が弱い後輩を相手に仕事論やダメ出しを行い、課長に来る日も来る日も直談判し、それでも飽き足らず他部署にも自分にはこんな素晴らしいアイディアがあるのに、上司や周りの人間は理解してくれない、おかしいと言いふらしていました。

 

結局、更に周りの人から疎んじられ、誰も彼の言うことを聞かなくなりました。

もちろん、異動になりましたよ、その人は。

 

【仕事中毒から抜け出すために】

阿修羅マンになってしまう前にどうすればよいのか?

 

言うまでもなく、仕事を頑張る→認められる→また、頑張るというループを断ち切るしかありません。すなわち、巷のベストセラー等で言われているように、「認められなくてもいいや」と思うようになるのが処方箋です。

 

んが、いきなりループのどまんなかにいる人が、そんなこと出来るわけありません。というか、出来ていたら中毒になっていません。

 

というわけで、登場するのが家族の存在です。すなわち、「家族に認められる」ことを考えてみてはいかがでしょうか?会社でボロボロに批判されても、「家族に認められている」という感覚が、精神的な安定を可能にすますよ。

 

今日も終電帰り、という方は是非振り返ってみてください。

 

以上、会社で冴えない人と言われ続けている中年サラリーマンからの職場では言えない鬱憤を終わります。

  

脳みその活用率が円周率並みです、どうしたらよいのか

この世には、うぉぉぉというくらいに頭がいい人がいます。

 

大学時代の先輩で、学部卒で院卒しか募集してなかった某有名シンクタンクに入り、日本人でも知ってるわ!という位に超有名なアメリカの大学でMBAを取得、現在はベンチャーを立ち上げ、テレビでもインタビューを何回も受けるほど成功した。という超人がいました。

 

この人は出来過ぎだとしても、人生をうまく回していく、絶対的に頭がいい人がいます。そんな人になりたくて、かみさんに「脳みそ活用率が円周率と同じ」と言われるほど、頭が悪い私が頭が良くなる方法を考えて見ました。

 

 【とある超有能コンサルの決断】

私の知っている人で、もう一人すごい人がいます。企業合併に関するコンサルに従事し、仕事は超激務。しかしながら、徹底した体調管理で身体を健康に保ち、かつ家庭のことにも気を回せる、そんな人です。

 

彼が優れている点はただ一つ、「自分がしたい」に徹底して忠実であることです。

 

彼はとある大手エネルギー会社に新卒で就職しました。業務はハードじゃないし、ヘマをしない限り年功序列でそのまま給料が上がっていきます。

この会社には特殊なルールがあって、若手時代に退職すると退職金が大きく割り増しされるという仕組みがありました。但し、安定して給料が上がることが見込めるこの会社では誰も使用したことがありませんでした。

が、彼は違います。入社後に「会計」という分野に魅せられて、未だ誰も使用したことがない若手退職金システムを使って会社を辞め、会計士の資格を取ることを選択したのです。その後、資格を取得し、今は会計や法律の面から企業買収をサポートする業務に従事し、世界を飛び回っています。

 

どうでしょう?皆さんは安定した「超優良企業」というポジションを蹴って、「自分がしたい」に忠実に生きれますか?

 

私は、、、、今のところ無理です。。。

 

【とある凡人の私】

翻って、冒頭で私はかみさんに、脳みその使用率が消費税の半分にも満たない、と指摘されました。

何が彼と違うのでしょう?

 

それは「自分のしたいこと」を簡単にあきらめるからです。

徹底的に目的を達成するための方法を考えないからです。

「世間が言う良いこと」、「他人の意見」に左右されるからです。

 

例えば、自分は30歳、美術系キャリアは皆無だけどデザイナーになりたい、でも「世間は」30を過ぎて、美術系のキャリアが全くない状態で無理だという。

凡人の私ならそこで終わりです。あ、無理なんだなと。

 

翻って、「頭がいい」かみさんの場合は、取得可能な資格、専門学校の情報を仕入れることに専念します。世間の意見、常識は関係ありません。「どこかに必ず方法がある」というスタンスです。実際、社会人向け、かつ転職率90%越えの専門学校を遂に見つけました。

 

一連の動きを見て、頭がいい人、悪い人の違いはIQの違いではなく、

自分の目標に向かって進む意志の強さだけなんだなと、

 

今はつくづく思います。

 

というわけで学費をどうやってねん出するのか、悩み続けているボンビー人間のつぶやきを終わります。。。

「でも」との正しい付き合い方

言語論??

昔、物書きの仕事をする機会がありました。

今まで報告書のように決められた形の文章を書くことはあっても、数ページに及ぶ文章を書くのは初めての経験で、脂汗(そう、私はデブ)を文字通りかきながら取り組んだ記憶があります。

 

その時、文章をいろいろ見てくれた人に言われたのが、

「shirumoさんの文章って、でも、とかが多いんですよ。特に何か結論を述べなきゃいけない書き物になればなるほど増えます。

 

まったぁぁぁく、気にしていなかった。なぜ、そうなったかをその人はつぶさに教えてくれました。凹みました。

 

【でもが多い=責任回避人間】

でも、は便利な接続詞です。

結論は、アンパンは日本の国宝だ!

でも、焼きそばパンも素晴らしいし、でもカレーパンも日本独自のパン文化を代表しているのではないだろうか 云々

 

前提条件を付け加えることができる接続詞なので、自分が出した結論以外の批判が飛んできても、「でも」を使って、事前に別の結論があることを示しておけば、批判をかわすことができます。

 

だから、私のように一つの結論に決めきれない、というか結論を出した後に非難されるのが怖い、責任を取りたくないという人ほど、でもでもでもでもと前提条件が増えてくのです。

 

【でもが多い=自己正当化人間】 

でも、は逆接を示す接続詞でもあります。

だから反論にはもってこいです。

 

「なんで締め切りに遅れたんだ。あれほど遅れるなといっただろう!」

「わかってます。でも、課長の依頼がそもそも急すぎたんですよ。」

 

自分のミスがあったって、でもでもでも、を使えば無限に言い訳ができます。それはそうで、「完璧に自分が悪い」という状況は稀有で、文句をつけようと思えば、いくらでも外部環境のせいにできます。

 

んで、結局、ミスからなんの反省もしなかったり、人によってはミスを他人のせいにしたりするので、周囲から反発を買い、いずれ自分が苦しい状況に陥るわけです。

 

【嫌なことがあったときは「でも」の出番!】

 というわけで、個人的に「でも」を多用するのはよくないと考えています。もし、自分の書く文章や話す言葉に、「でも」が多かったら注意ですよ。

 

しかし!「でも」はいい使い方もあります。すなわち、嫌なこと、悪いことがあったときでも、「でも」を使えばいい側面を見出すことができるのです。

 

・地方に飛ばされた、「でも」勤務時間が少なくなって、家族と楽しい時間を過ごすことができた

 

・結婚に失敗した、「でも」励ましてくれた人がたくさんいて、自分が素晴らしい友人に囲まれていることに気づいた

 

とかとか。

言葉は言霊と言われているように、正しく付き合えば、人生を素晴らしいものにしてくれる一方、雑に扱えば、その報いを受けます。

 

以上、後輩からshirumoさんの文章は雑すぎる、と突き上げをくらっているポンのコツな下っ端管理職の妄言を終わります。

悪口は必ずあなたの人生をつまらなくする

人生論??

悪口はいけないことですか?

 

この世には嫌いな人がどうしてもいるし、立場的に面と向かって言えないこともある。でも、心の中で負の感情が渦巻いてる。そんな時は、悪口をズバズバ言ってスッキリさせた方がいいじゃないですか。我慢したっていいことないっす。

 

悪口はOK!さぁ、陰口、愚痴にヒソヒソ話を楽しもうじゃありませんか!ス!ト!レ!ス!発散!!

 

 と思って生活したんですけどね、でも悪口を言う人の末路を何人も見てからはそう思わなくなってしまいました。

 

【悪口人間の行きつく先】

実は悪口が好きな人で 、幸せそうに生きている人を見たことがありません。しかも、年を重ねれば重ねれるほど、表情に不幸さがにじみ出てくるんです。うーん、経済的には困窮してない人が多いのに、なぜでしょう?

 

思ったのは、悪口を言えばいうほど「自分だけのルール」が増えていくからじゃないでしょうか。

「あいつ、いつも書類の提出期限ぎりぎりに出してくる」、「課長は人使いが荒すぎる」、「あの人、いつも他人のことを考えずに行動する」、、、、、

 

人によっては、書類は提出期限に出せば文句はないし、人使いが荒くても評価で報いればいい、他人のことは気にしない(考えられないという人もいる)。

 

でも、悪口を言うと全てそれらは「許せないこと」になる。

だから、ストレスがめちゃくちゃーーーー溜まる。

そして、表情がどんどん曇ってくる。

 

【悪口を言わないために】

よし!じゃぁ私を悪口いわないぞ!

。。。。うん。無理ですな。

 

悪口を減らすには、自分のルールを他人に求めるのを止めるしかないんですが、いきなり減らすのは無茶です。カウンセラー本の定番処方としては、

 

①自分が「やってはいけない」と思うことをやってみる

②とりあえず「○○をやってもいい」と口に出して許可する

③気持ちがなくとも「わかる」と言う(書く)。

 

です。自分の大切な人や自分自身を守れる範囲であれば、他人に求めるルールは減らしていきましょう。

 

悪口は他人に自分のルールを守らせたいと思うようになり、言えば言うほど、数が多くなります。ストレスの山になっちまう前に自分の思考を変えてみましょう。

 

以上、上司に膨大な駄目出しを喰らって、情緒不安定になっている中年人間のボヤキを終わります。

 

 

優等生という落とし穴

人生論??

優等生。

すごいですよね。会社でも優等生と言われる人は出世が早いような気がします。

私もかつては、優等生を目指しました。

 

んが、やがて無理だと悟ります。なぜなら、、、

1、人の気持ちや要望を察することが出来ない

2、言われた通りにやるのが嫌い

 

1点目は努力のしようがあるものの、2点目はどうしようもないですね。この気持ちを自覚した時点で優等生願望はチリクズのように散りましたよ。

 

優等生といえば、「言われた通りにきっちりやれる人」ですからね、言われたことに逆らったりする人は駄目です。

 

 世には言われた通りにしかできないのかよ、と思われた方もいるかもしれませんが、それは優等生の優等生たる所以を甘く見ています。

 

この種の人達の目的達成志向は半端なく強く、また使命感もあるためハードワークを厭いません。厳しい目標でも、手段を捻り出して達成していく様は、「おぉこれぞビジネスマン!」と思わざるを得ません。

 

世にあるビジネス本を読んでも、「上司の期待を上回れ!」とほとんどの書籍に書いてあります。出世したいなら、間違いなく優等生になるべきです。成績をいかに上げ続けるかを考えて実行し、クリアしていく。課題が大きくなり、より困難になるほど燃える。まさに、ゲームやアニメの主人公のような生き方です。

 

【優等生という生き方の弱点】

んが、優等生という生き方には、弱点があります。目標を達成する以上は、「いつまでに」「なにを」「どのレベルまで」が明確に決まっている必要があるのです。

 

なのでサラリーマンとしては最強な生き方である一方、それ以外は適応が難しい。例えば、”妖怪男ウォッチ”のpapurikoさんが書いているように、「結婚」というのはその一つ(彼女曰く、優等生な女性が結婚できなかったりすると、「答え」を求めて占いに嵌るそうです。)。「子育て」「教育」「介護」という回答のない世界も同様でしょう。

 

後、「優等生」は他人に対しても優等生であることを求めがちです。なので、上の人間に意見する人や、ルールを逸脱する人、使えないと判断した人、は容赦なく切り捨てます。目的に向かって最速に行くには、その考え方は非常に合理的です。一方で、職場の雰囲気が息苦しくなったり、上司に意見する人もいないため、外部環境変化を捉えきれない可能性が高い。

 

こう見てみると、優等生は環境変化が少ない状態で、目的が明確である状態で素晴らしいパフォーマンスを出す一方、目的が不明確というか目的を自分で決めることから始めるような不安定な環境では生き残りにくい生き方なのです。

 

どちらがいいというわけではありませんが、自分のタイプがどちらかを見定めないと、冴えない生き方になりそうです。

 

以上、かみさんに出世が遅れていることをなじられ、いじけている中間管理職の愚痴を終わります。。。。

嫌いな人との付き合い方は、、、ない

人間関係論??

ひゃっほ。

今日も嫌われましたよ。しかも、通りかかったら、ヒソヒソ話が聞こえてしまうパターンで判明しました。気にしようとしなくても、精神的に堪えますね。

なぜ人は憎みあうのでしょうか、その先に争いしかなかったとしても。。。(遠い目)

 

ということもあり、嫌いな人、嫌われた人との付き合い方について、今まで色々と考えたり、試したりしてみました。そして得られた結論を発表します。

 

「嫌いな人とのうまい付き合い方はありません。」

 

以上です。

本当に以上です。

 

私も嫌いな人とも上手くやりたいと思って、数々の方法を試してきました。

 

①仲良く振る舞う

嫌いという感情を押し殺して、仲良く振る舞う。一見すると大人の振る舞いのようですが

→相手がつけあがって、もっと嫌なことをする

or

→相手は何とも思わない

という結果しか得られませんでした。

 

②嫌いな相手のいい所を見る

よく心理学とか人間関係の本に書いてありますよね。いい所を見つければ、嫌いな人でも好きになれます的なことを。でも、無理です。そもそも嫌いなので、その人のことを考えれば考える程、嫌いな箇所が拡大されて見えます。

結果、更に苦手になっただけでした。

 

そのほかにも、嫌な所を客観的に捉える、その人を忘れる、などなど

 

本を買い、相応の精神力を割いて実行したものの、どれも芳しい成果はあがりません。とうとう、嫌いな人との関係を改善すること自体を諦めました

 

すると、嫌いな人のことを考えないようになり、ストレスが消えました。

 

意味がわかりません。

 

でも消えたんですよ。自己啓発本に費やした数万円を返して欲しいと思いましたけど。

 

【嫌いな人は自己都合の裏返し】

 今になって振り返ってみると、嫌いな人は「自分の願望」や「自分だけのルール」の裏返しだと思うようになりました。

 

例えば、好き勝手にやって、自分のしたい仕事だけしている上司がいる。

こちらとて、色んな雑務をこなしながら、営業しているのに不条理だと思う。

 

しかしながら、なぜ不条理だと思うかというと、「仕事はえり好みするな!」という自分だけのルールがあるからです。別に、全ての人がえり好みしてないわけじゃないし、場面によってはえり好みすることもありますよね。

 

あとは、私を嫌う人がいる!(冒頭の私)

というのも、「人を嫌う・非難するべきじゃない、みんなと仲良くすべき」という自分のルールがあるからストレスを感じるわけです。

 

つまり!変わるべきは「嫌いな相手」じゃなくて「私」だっというわけですな

はっはっは。自己啓発本の最初の段落に出てくることが、ようやっと腹に落ちてきました。いくらそれまでに費やしたんだよ、と(福沢さんが一人、二人、三人。。。。)。

 

というわけで、嫌いな相手がいたら、どの「自分のルール」が相手を嫌いにするか見定めて、「ま、このルールは守らなくてもいいや」と思えればいい。というのが、結論です。 

 

以上、本代の支払いが高額になり、かみさんからしぼられている中年サラリーマンの独り言は以上になります。

 

現状に流される人=生きる気がない人

人生論??

「あなた生きる気がある?」

いきなり、かみさんに詰められました。

 

彼女曰く、私には生きようという気がみられない、なぜなら

・コンビニ弁当で満足、もっといいものを食べようとしない

・身体がブヨブヨなのに、何もしない

・家事に不満を言うくせに、電気製品を買い替えようとしない

・家が不便な場所にあるけど、引っ越さない

 

そう!私は現状維持人間だったのです。

苦労してまで、何かを変える位なら、今のままでいいや、我慢するのは慣れてるよ、という思考の持ち主なのです!

 

気づいたのは、

我慢すればいい!我慢した先にいいことがある、これが現状維持思考の源なんですな。

 

まぁ、学校でも会社でも、我慢してみんなに合わせろ!的な雰囲気が日本にはありますよね。そうして日々、我慢我慢我慢我慢我慢、してるといつのまにやら、自分の意思を忘れて、現状を生きるだけの現状維持人間が生まれる(私だ!)。。。

 

そして、

上から言われたことに従う、逆らいもせず我慢する。

生き方を見直さず、両親と同じ生き方をする。

 

思い当たる節しかない。そりゃあ、いつまで経っても、愚痴だらけ苦労だらけの人間になりますわな。

 

【現状維持しない人の行動】

ちなみに、うちのかみさんは現状を変えるためには、全く躊躇しません。驚く位に即決、速攻。

 

海外から帰って社宅に住んでたけど、保育園の空きが周りにない、再就職にも不利な場所と思いきや、新居探しをして引っ越しを実行。

この間、わずか半年!

即行で再就職を決めて、落ち着くと思いきや、保育園の質が悪いと判断。即、区役所に情報を取りに行く&周囲の友人に聞き込み開始→質のいいかつ入りやすい認定保育園を申請。当選のお知らせが来るなり、住居を変更を決意。新居探しはわずか一か月。そして転居。

この間、またしてもわずか半年!

というわけで、私は一年間に3回、住居変更しました。

 

もちろん、金と手間はかかったものの、生活の質は劇的に変化しました。

(私)暗いうちから出社しないと行けなかったのが、空が明るい時間に出社できるようになりました

(かみさん)専業主婦、前職からのブランク4年という状態から再就職ができました

(子供)子供は保育園、しかも認定保育園に行くことが出来ました

住居も新築級のいい環境が手に入り、周辺環境も緑が多い気持ちの良い状態です

 

確かに手間も金もかかったけど、変わることはこんなに素晴らしいことなんだ!と現在は実感しています。 

 

 というわけで、かみさんにまずは貴様の体から変われ!スクワット200回と言われたので、やったところ、膝に来て50回でギブアップしたブヨブヨ人間からの懺悔は以上になります。

 

膝が痛い。。。