「でも」との正しい付き合い方

昔、物書きの仕事をする機会がありました。

今まで報告書のように決められた形の文章を書くことはあっても、数ページに及ぶ文章を書くのは初めての経験で、脂汗(そう、私はデブ)を文字通りかきながら取り組んだ記憶があります。

 

その時、文章をいろいろ見てくれた人に言われたのが、

「shirumoさんの文章って、でも、とかが多いんですよ。特に何か結論を述べなきゃいけない書き物になればなるほど増えます。

 

まったぁぁぁく、気にしていなかった。なぜ、そうなったかをその人はつぶさに教えてくれました。凹みました。

 

【でもが多い=責任回避人間】

でも、は便利な接続詞です。

結論は、アンパンは日本の国宝だ!

でも、焼きそばパンも素晴らしいし、でもカレーパンも日本独自のパン文化を代表しているのではないだろうか 云々

 

前提条件を付け加えることができる接続詞なので、自分が出した結論以外の批判が飛んできても、「でも」を使って、事前に別の結論があることを示しておけば、批判をかわすことができます。

 

だから、私のように一つの結論に決めきれない、というか結論を出した後に非難されるのが怖い、責任を取りたくないという人ほど、でもでもでもでもと前提条件が増えてくのです。

 

【でもが多い=自己正当化人間】 

でも、は逆接を示す接続詞でもあります。

だから反論にはもってこいです。

 

「なんで締め切りに遅れたんだ。あれほど遅れるなといっただろう!」

「わかってます。でも、課長の依頼がそもそも急すぎたんですよ。」

 

自分のミスがあったって、でもでもでも、を使えば無限に言い訳ができます。それはそうで、「完璧に自分が悪い」という状況は稀有で、文句をつけようと思えば、いくらでも外部環境のせいにできます。

 

んで、結局、ミスからなんの反省もしなかったり、人によってはミスを他人のせいにしたりするので、周囲から反発を買い、いずれ自分が苦しい状況に陥るわけです。

 

【嫌なことがあったときは「でも」の出番!】

 というわけで、個人的に「でも」を多用するのはよくないと考えています。もし、自分の書く文章や話す言葉に、「でも」が多かったら注意ですよ。

 

しかし!「でも」はいい使い方もあります。すなわち、嫌なこと、悪いことがあったときでも、「でも」を使えばいい側面を見出すことができるのです。

 

・地方に飛ばされた、「でも」勤務時間が少なくなって、家族と楽しい時間を過ごすことができた

 

・結婚に失敗した、「でも」励ましてくれた人がたくさんいて、自分が素晴らしい友人に囲まれていることに気づいた

 

とかとか。

言葉は言霊と言われているように、正しく付き合えば、人生を素晴らしいものにしてくれる一方、雑に扱えば、その報いを受けます。

 

以上、後輩からshirumoさんの文章は雑すぎる、と突き上げをくらっているポンのコツな下っ端管理職の妄言を終わります。